中世の英国王室
ノルマン朝の終焉ののち、英国王室はプランタジネット朝に引き継がれることになります。
フランス人のアンジュー伯アンリが、無政府状態にあったイングランドの王位を引き継ぎ、ヘンリー2世として即位しました。
プランタジネット朝は、フランスにも所領をもったまま英国王室となったため、その後フランスの王室とも王位や所領をめぐる争いが続き、百年戦争が引き起こされることになります。
血による争い
1399年になって、リチャード2世が廃位させられるまでがこのプランタジネット朝の時代とされますが、血縁的にはそのあとに続いたランカスター朝やヨーク朝もプランタジネットの血筋であったため、広い意味では1485年のボズワースの戦いにおいて、ヨーク朝の王であったリチャード3世が戦死するまで続いたと見ることもできます。
百年戦争の敗戦によって、混乱したイングランドにおいて、時の国王ヘンリー6世への支持を巡って、ランカスター家とヨーク家の間で争いがおこります。これがよく知られている薔薇戦争です。
両家の争いは30年にわたって続き、最後にはリッチモンド伯のヘンリー・テューダーが勝利してヘンリー7世として即位し、ここからテューダー朝が始まります。
このように、英国王室の歴史は、骨肉の争いに彩られてきました。
その後、ヘンリー8世、エリザベス1世といった王たちが出て、現代に引き継がれる大英帝国の基礎が出来上がっていくのです。